版面 その1
このブログは本のことばかりなので、意外だったという感想を若いひとからもらった。日常のあれこれや、食べもののことなどを予想していたみたい。最初に用意していたのが、ちょっと古い本だった。面白くなってそのまま続けている。ブログは、ツイッターやフェイスブックと違って、じっくり書くことができる。そんな見本が知り合いのものにある。伊野孝行君 http://www.inocchi.net/blog/や森英二郎さん http://arco.blog.so-net.ne.jp、一昨年ヴェネツィアでお世話になった、持丸史恵さんのブログ「ヴェネツィアときどきイタリア」 http://fumiemve.exblog.jpなどだ。
雑談をすこし。日比谷線から東西線の乗りかえで大手町で見た矢印。なんだか早く歩けと急かされているみたい。日本の都会はやたらと矢印が多いが、こんなのは初めてだ。つくったデザイナーは、方向を強調したつもりなのかな。
版面について。はんめん、はんずらと二種類の読み方がある。こんな本がある。
四六判/上製/13.5Q/行送り23.5/42字×17行/天から22ミリ、地より24.25ミリ/小口までの距離14ミリ、ノドからは16.625ミリ(計算上)/ノンブル、柱は本文の下に本文2字分アキ/右頁はノンブルのみで版面右にぴったり揃えている/左頁はノンブルと柱(各章のタイトル)10Q、こちらも本文版面の左にぴったりそろっている。ノンブルと柱は1字分アキ。
ノンブルを本文にぴったり揃えると、若干外に出て見える。揃えて見せるには、少し内側に入れる。大きさの違う文字は小さい方がボディ(仮想ボディ)とのアキが狭い。錯視も生じる。
天と地のマージンの差が2ミリちょっと。これだと天地のアキが同じにみえるというより、ノンブルと柱が下にあるので重心が下がるから、版面の見た目は地のほうがやや狭く見えてしまう。本を読んでいるときにささえる手は頁の下にくる。その手に地の側をふさがれた頁は、天のマージンがよけいに広く見える。地のマージンは、天よりはしっかりあけてほしい。
この本は天地のアキにくらべて、小口、ノドのアキが狭いのが悲しい。本文の行間は10歯、ほぼ2分4分。行送りはゆったりしているが、左右のマージンが狭いとせっかくの心遣いも効果がない。大切なのは行間に余裕があることではない。行間と天地のアキ、左右のアキ、ノンブルと柱の位置のバランスである。マージンと本文の行間の関係が美を生む。
本文書体はリュウミンM-KL。リュウミンは、よくもわるくもありきたりの書体。テキストが読めればよいというものではない。この無造作な頁デザインは、安上がりな電子本の準備なのだろうか。紙の本を作るなら、ジャケットだけではなく版面や頁のデザインも、読者のために、本としての美しさを考えてほしい。頁デザインのスタンダードが必要だ。
タイガーブックスでみつけた『洛中生息』(杉本秀太郎著、みすず書房刊、1981)は、四六判で天地左右ともマージンに余裕があり、行間が広く読みやすい。書体は精興社明朝、9ポ、41字×15行、行間8ポ(全角に1ポ足らないのは、左右のマージンを確保するためだろう)。左右のアキは均等21ミリ、天のアキ29ミリ、地のアキが30ミリ(正確には端数がでるはずだが、定規で測ったサイズ)。天地のマージンは、ほぼ差がない。手で持つと、天のアキが広すぎて気になる。これはデザインの資料ではなく、読みたくて購入したもの。
『メリ・イングランド』福原麟太郎著/1955年/吾妻書房刊。B6判上製(天地は2ミリ短く180ミリ、左右は128ミリ)/表紙はグレーの布貼り(背の文字が金の箔押し、表4は吾妻書房のAのイニシャルが空押し)/ジャケット付き。
ジャケットの左上にCITY OF LONDONの紋章(domine dirice nos=主よ我らを導き給え)。表1と表4の下部には、1616年のロンドン古図とクレジットのあるテムズ川風景の銅版画。地色はベージュの特色、タイトルと社名はアンチック体で臙脂色の特色、全体は3色刷り。表1のタイトルは清刷りを詰めたのだろう。背は字間があいているがベタのままではないようだ。寄り引きがかなり悪い。著者名は背の方が少し大きいが社名は表1より小さくて感覚にまかせているが悪くはない。まとめるとこうなる。
ジャケット 表1
タイトル=28ポ/字間ツメ
著者名=12ポ/字間4分
社名=10ポ/字間14
ジャケット 背
タイトル=20ポ/字間ツメ
著者名=14ポ/字間4分
社名=8ポ/字間全角
見返しはしっかりとした白い紙。その次に口絵、著者を1930年にロンドンの教会前で撮った写真。本扉は本文共紙でタイトルとエンブレム(ライオン二頭と城が二つ。どこの紋章だろうか)。序が5頁、次はこの本の説明(30年代に750部刷ったものを戦後に出しなおしたこと)。序は本文と同じ版面。行間が広く、マージンもゆったりしている。柱とノンブルが縦組で本文から1字分しかアキがなく、今ならこんなデザインは編集者が「近すぎて読みにくい」と拒絶するだろう。これは英文学者の著者が読み慣れた、イギリスの本を下敷きにして横組のスタイルを縦に置き換えている。
38字×12行/天から25ミリ/地から36ミリ/小口か28ミリ/両頁に縦組の柱(右は書名、左は各文章のタイトル、本文天より4字下げ/ノンブルも縦、本文地より6字上げ/柱とノンブルの本文からの距離は本文1字分/本文9ポ/行送り19/柱、ノンブル8ポ
活版時代の本文版面と柱、ノンブルの距離が短いことを以前は古臭いと思っていた。今はこれを見ると、そのことが版面デザインに緊張感を生むことがわかる。西洋の本の伝統から取り入れた柱とノンブルの位置。参考に、エリック・ギル(THREE BOOK TYPES/HAGUE & GILL/1934)とスタンリー・モリソン(ON TYPE DESIGNS/NEW EDITION/STANLEY MORISON/1962)本の版面を載せておく。これらの本については、いずれまた詳しく紹介するつもり。
次の目次と挿絵のクレジットが4頁。見事な出来だ。小見出しの入れかたもきれい。横倒しの欧文と和文の寄り引きも調整してある。なんと、本文に別紙で色刷りのハマースミス劇場のチラシが入っている。実はこれが気に入ってこの本を買った。しかし、仔細に調べるとそれ以上の収穫がある。
本文組のデザインを見ると、かなり知識のあるものの手に見える。装丁のクレジットはないが、ジャケットの端正さと、気分にまかせたところのある文字のデザインをふくめると、花森安治みたいな気がする。しかし、花森の場合、彼がデザインした本は必ず装丁クレジットを入れている。奥付の文字のならべかたも独特でセンスを感じる。花森装丁のこの著者の『本棚の前の椅子』が1959年、この本は1955年。
次回は、もう一冊、花森、福原コンビの本を紹介します。
今日の一曲はこれです。Listening To Levon/Marc Cohn