鬼海弘雄さん
「道に落ちてるもんなんか撮ってちゃダメ。ひとの真正面に立って、どうどうと撮るんだ。たまになぐられたりするけど」「普段はカメラ持って出かけない。旅行でも。自分の作品集のために撮るものがあるとき、カメラを持つ。ポーランドでアンジェイ・ワイダに会った時、お前、カメラマンなら俺の写真を撮れと言われて、カメラを持っていないのでかみさんの〈写ルンです〉で彼を撮った。そのとき、ワイダが写してくれた私のポートレートを、本の著者紹介にのせたよ」
ワイダの撮った鬼海さんは『印度や月山』(鬼海弘雄著/白水社/1999)の袖にあります。
私の尊敬する写真家、鬼海弘雄さん。一昨年、「芸術新潮」の取材でイスタンブールへ行った。この街とトルコが気に入って、東京にもどってから鬼海さんが94年からトルコを撮っていることを知り、高かったけれど写真集『アナトリア』を買う。素晴らしかった。この本のあとがきは、短いがぐっとくる。これまでの東京の風景やポートレイトの作品は知っていたが、トルコやインドのシリーズは見ていなかった。遅ればせながらファンになった次第。
それで『なかったことにしたくない』(東小雪著/講談社/2014)で東さんのジャケット写真をお願いした。すぐには返事をもらえなかったが、お会いして打ち合わせをしたら快諾していただいた。早口の山形弁でしゃべるから、ときどきなにをおっしゃっているのかわからない。豪放で快活なひと。曇りの日に海で彼女を撮りたいと、11月末の鎌倉の由比ケ浜で撮影。風が強く逆光。1時間で素早く終了。撮るときの姿勢がいちいちかっこよくて、ほれぼれする。
これしかないという素晴らしい写真ができあがった。その本ができた。
鬼海弘雄さんの新刊は、ちくま文庫の『世間のひと』。去年までの2年間「ちくま」の表紙を飾った浅草で撮ったひとびとは、1973年からずっと撮り続けているシリーズだ。そのとき「ちくま」で書いた短い文章が載っている。表紙の写真もよいが、これも味わい深い。
〈ひとに興味を持ち、もう少し好きになれればと思っている〉
〈有用な情報とは無縁だが、どこか「あなたに似た人」のポートレイトは、なにより、あなたの想像力だけを頼りにしている。〉
〈「ちくま」の表紙は、自分に枷をはめるために撮りおろしと決めている。社会が均質化して濃い人が少なくなった。だが、人の森はまだまだ奥深い。〉
ひとこと。この本の写真の下にあるキャプション、括弧の前後と読点のうしろを少しあけてほしかった。
鬼海弘雄写真展「INDIA 1982-2011」が6月16日までキャノンギャラリーS(品川)でやっている。
http://cweb.canon.jp/gallery/archive/kikai-india/index.html
近所の川島商店街にある古書店が閉店した。猫額洞。床屋さんに行く途中にある。最近はご無沙汰していたが、ある土曜日に前を通ったとき小さなお店が珍しく人でいっぱいだった。それが最後の日、5月10日だったのだ。気がつかぬまま、先々週、散髪の帰りにシャッターの貼り紙で知った。猫額洞のブログに載る風景写真が好きだった。
北烏山の丹下さんと横浜の小宮山さんから、このブログの図版を大きくするとぼやける、大きいクリアな画像を見たいというクレームをもらった。丹下さんからは二回。今回から、クリックすると大きくなって画像がボケないようにできた。これまでの画像は設定し直すので追々直していくつもり。丹下さん、小宮山様、すみません。
今日の一曲はこれです。Feeiling Good/Nina Simone