「シナリオ」、室町砂場赤坂店、二条駅、ブレイディみかこさん、明朝体の教室、「百人一首って」京都展、タイポグラフィ的なもの
〈「シナリオ」〉
「シナリオ」、昭和21年創刊、日本シナリオ作家協会が発行する雑誌。2020年1月号からリニューアルデザインを手伝う。1月号の表紙は伊野孝行君の描く山中貞雄、2月号は南伸坊さんが『運び屋』のクリント・イーストウッド。3月号は長野の古い映画館。
ロゴのデザインは「ヨコカク」の岡澤慶秀さん。カタカナ4文字を、太さとプロポーションが違う書体で組合わせたいという私の希望に、5書体5ウエイトのセットを作ってくれた。これを毎号ちがう組み合わせで使っていく。岡澤さんの巧妙なデザインに、気がつく人は多くないと思う。変えても同じ雰囲気になるのが面白い。欧文書体、表紙のデザインや絵や写真も毎号ちがえる。本文のイラストレーションは、一冊まるごと伊野孝行君である。
〈砂場のマッチ〉
「シナリオ」を発行している、日本シナリオ作家協会の会館は赤坂にある。去年の秋から月に一、二度打ち合わせに行く。いつも近くの室町砂場赤坂店でお昼。「砂場にくるために、この仕事を引き受けたんでしょう」と、この雑誌の監修委員の西岡さんに言われる。このお店、毎月マッチの箱の絵柄が変わる。9月は葡萄、10月は赤蜻蛉、11月は千両(多分)、12月は大福帳、1月の柄は何だろう。九代目鳥居清光の絵。
〈二条駅〉
ずっと前、京都の二条駅から、スッポン料理で有名なお店に家族で来たことがある。今の駅はその頃と印象がちがう。1996年に高架駅に改装。『京都の大路小路』で千本通を調べていたら、JRの二条の古い駅舎の絵があった。この本は、山谷和弥のペン画がたくさん載っている。キャプションでは、〈平安神宮を模して明治37年に建設された(千本通御池)〉とあるが、平安神宮も二条も伊東忠太の設計。この駅舎は梅小路蒸気機関車館(後、京都鉄道博物館)に移築。現在の新しい駅には木の骨組みの屋根がついている。「百人一首って」の作品のために、小倉山や時雨亭跡、厭離庵、二尊院を見るために嵯峨嵐山へ行くときに、二条駅で地下鉄東西線から乗り換えをした。
〈Fairytale of New York〉
単行本が出て、大評判になり、賞をもらい、23万部をこえているブレイディみかこさんの「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」。「波」(新潮社)での連載は、書籍化のあとも続いている。イギリスのブライトンという街に住む、彼女と中学生の息子さんや彼らのまわりの人たちの物語。イギリスの海辺の街の日常の出来事だが、毎回が短編小説のみたい。
最新の2月号でこんなことが書かれていた。
〈毎年、コンサートの締めに演奏されている、例えるなら紅白歌合戦の締めの「蛍の光」のような楽曲を、今年は演奏すべきではないという議論が巻き起こったのである。その曲は、ポーグス&カースティ・マッコールの「Fairytale of New York」だ。〉
80年代から90年代半ばに活躍したケルティック・パンクバンドのポーグス。Fairytale of New Yorkは日本語のタイトルは『ニューヨークの夢』となっている。直訳すればニューヨークのおとぎ話。1987年の曲。よく聴いた。それがスタンダードみたいになってるなんて。同じ頃かなと思ったら、山下達郎の『クリスマスイブ』のほうが早くて1983年。
〈ことの発端はBBCのラジオDJが、もう12月にこの曲をかけるのはやめると宣言し、こんなひどいリリックの歌は放送禁止にするべきだと言って話題になったことだ。〉
〈息子の学校の音楽部では「SLUT」(尻軽女)と「FAGGOT」(おカマ野郎)はさすがにもう歌ってはいけない言葉だろうと主張する部員が出て来たという。「SLUT」は女性に対する侮蔑の表現だし、「FAGGOT」は言わずもがなである。〉
〈ついに最後の曲になった。毎年恒例のあの曲、(今年はなぜかプログラムに曲名が書かれていなかった)締めのクリスマス・ソングである。〉
〈「アイルランド訛りの英語で歌うことはできないと思うし、得意なタイプの曲じゃないけど歌ってみたい」と言ったらしい。彼女が手を挙げた後で、男声のパートを志願したのは、音楽部でウッドベースを弾いている(まったく人前で歌なんか歌ったこともない)生徒会長の少年だった。すると「アイリッシュ訛りなら任せて」とコーラス隊の一員である巻き毛の女子も手を挙げた。彼女はソウル・クイーンの親友だった。それで男女のデュエット曲を3人で歌うことになったのだった。
「Fairytale of New York」はニューヨークに移住したアイルランド移民のカップルの歌で、アイルランド版「浪花恋しぐれ」と呼びたくなるようなかけ合いのデュエット・ソングだ。成功を求めてアメリカにやって来た男女が、若き人夢は破れていつしか年を取り、しがない日々を過ごしている。そんな2人がきつい言葉でクリスマスに毒づき合い、最後は「お前がいないと生きていけない」みたいなラブ・ソングとして終わる〉
ブレイディさんは、パンク好きの少女だった。セックスピストルズのファンだから、この連載では、80年代から90年代のロックが出てくる。(このブレイディさんは「波」2019年7月号表紙から)
Fairytale of New Yorkの歌詞の後半はこんな感じ。
You’re a bum
You’re a punk
You’re an old slut on junk
Lying there almost dead on a drip
In that bed
(あんたはぐうたら
あんたはちんぴら
おまえは薬中のあばずれ
ベッドで点滴うけて死にかけ)
You scum bag
You maggot
You cheap lousy faggot
Happy Christmas you are
I pray God
It’s our last
(あんたはくそったれ
あんたは安物のけちなおかま
あんたにクリスマスおめでとう
神様にお祈り
これで最後よ)
I could have been someone
So could anyone
You took my dream
From me when I first found you
(違う誰かになれたはず
みんながそう思う
あんたが私の夢を奪った
あんたに最初に会ったときから)
I kept them with me babe
I put them with my own
Can’t make it all alone
I’ve built my dream around you
(まだ夢は捨てちゃいない
ちゃんとしまって持ってる
一人じゃなにもできないから
ずっとおまえといっしょに夢をかなえたかったのさ)
〈十数年前、BBCラジオがこの曲にセンサーシップの「ピーッ」音を入れたとき、当時よく行っていたバーのゲイの店主が言っていたことを思い出した。
「僕自身も大好きな曲だから、妙な加工を施して台無しにはしてほしくない。でも、他人を罵倒するときに『FAGGOT』という言葉が平気で使われた時代があったことは忘れるべきではないし、この曲を覚えた小さな子どもが『FAGGOT』と嬉しそうに大声で歌っている姿はやっぱり見たくない。大人は、この言葉がどういう言葉なのかきちんと子どもに説明する必要があると思う」
数年前まで、あるいはほんの1年前では何も考えずに人々に使われていた表現が、問題視される。〉
〈PC(ポリティカル・コレクトネス)は、誰かが独善的に決めることではなく、長い議論と歴史の積み重ねによって変わっていくものなのだ。地方の小さな町の中学校で起きていることだって同じである。今年はこうやって歌われた歌が、来年はどうなるかわからない。もう歌いたがる子がいなくなるかもしれないし、演奏したくない部員のほうが多数派になるかもしれない。歌詞が変わるのかもしれないし、あるいはこのまま、10年後も20年後も歌い継がれていくのかもしれない。
それが今日でも英国やアイルランドで頻繁に「最も好きなクリスマスソング」投票の1位に選ばれる歌だとしても、けっして例外ではないのだ。迷いながら、手探りで進んでいくしかない。〉
〈明朝体の教室〉
2018年の秋から始めた「明朝体の教室」3月7日で8回目、いよいよ「かなの作り方」である。森英二郎さんの絵は藤山寛美、「あ」はアホの「あ」ということで。
〈「百人一首って」京都展〉
去年の11月、人形町ヴィジョンズで好評だった「百人一首って」が、京都の嵯峨嵐山文華館の二階大広間で1月29日から4月5日まで展示されています。
〈タイポグラフィ的なもの〉
近所の高校の門。「検査会場」の大きな文字にぎょっとする。「推薦に基づく選抜」の「検査」って何ですか。
HPには「東京都立高等学校入学者選抜における推薦に基づく選抜で実施した集団討論、小論文・作文、実技検査」。「検査」」という言葉が強い。 服装検査、身体検査、徴兵検査。推薦選抜生徒の頭脳検査ですか。看板は、本人や家族のための入口の目印なのだろう。
文字を加工しないとデザインした気にならない。不自然な「自」の波形。
京都の嵐電嵯峨駅近くの古書店、ロンドンブックス。歌人の天野慶さんが教えてくれた。ここのトートバッグ。店主にたずねたら、妻がこういう仕事ですと。デザイナーかな。彼女のレタリング。
いざ、ときたら鎌倉。京都? vote(ヴォート)をboat(ボート)に無理矢理ひっかける。VとBじゃまったく音がちがう。片仮名で書いても〈ヴ〉と〈ボ〉。vote(投票)は、ボートのようにまだ日本語になってないでしょう。
隣りの京都マラソン。京都のローカルアイコン。こんな平安調のイメージがいたるところにある。
前回の嵐山の「預り所」の上
嵐電のドア、ドアに入口と出口。丸ゴ。
車庫。町の文字を見ていると丸ゴのコレクションになってしまう。
消化器の箱
めずらしいグラフィックな政党ポスター。
おそろいのお掃除くんたち。近所のガレージ。
手書きかと思いきや、よく見たらフォント(まさか? フリーフォントかな)もしくはフォント化してる。省力化。手書きにはちがいないけど。この絵を描いているひとが書く字じゃだめ?
このポスター、国勢調査をまじめに考えているとは思えない。京都の選挙ポスターも同じ。「いざ」も、これも、特定のテーマと切り離せないイメージには見えない。入れ替え可能なもの。
京都や大阪はこんな手書きの貼り紙が多いみたい。嵯峨嵐山にて。
今日の一曲はもちろんこれ
Fairytale of New York/The Pogues and Kirsty MacColl