雪、『カオスノート』、都築響一さん、漢字、教会3

1月30日の雪は、天気予報の通りお昼から雨になった。去年の大雪の前にうちの奥さんが「島忠」で買ってきたシャベルは役に立つ。大きいのに軽くて、たくさんすくえる。いつものように、マンションの前を雪かきする。雨が降ればすぐに溶けるから、雪かきしても無駄なようだが、歩いていると溶けかけの雪はすべりやすい。毎度のことだが、自分の家の前だけでも雪をどけてくれていると歩きやすい。

 

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『カオスノート』吾妻ひでお/イースト・プレス/四六判/2014年
担当の編集の方からいただいた。先日(1月24日)の「タイポグラフィセミナー/第4期/第3回/鈴木成一のブックデザインと書体」の作品資料で持ってこられたのを、無理やりひったくった。シュールリアリスティックなイメージが、1コマあるいは、2コマや短いコマ数で描かれる妄想日記。○月○日で始まる。コマ数が自由自在なのがよい。ジャケットの袖で、本人が「ナンセンス・ギャグです」と言っている。とり・みきさんの作品とも通じる、ユニークなスタイル。こんなマンガで本ができる。すごい。グロテスクなものも多いが、吾妻ひでおの絵だとそれが不思議な味わいになる。

 

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仕事場の本を整理していたら出てきた、サンペさんのペーパーバック。いつどこで買ったのか思い出せない。サンペさんは大好きな漫画家。これもナンセンスなマンガ。グラフィックデザイナーにはぐっとくるのを選んだ。

 

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平田利之君が送ってくれた寒中見舞いのカード。私の好きなイラストレーターの一人。絵のセンスがいいのだから、かわいいものではなくて、吾妻さんやとりさん、サンペさんのように大人のためのものを描いてほしい。

 

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ベルリン日記 3
旅の途中で、都築響一さんの新刊『ROADSIDE BOOKS 書評2006-2014』(本の雑誌社刊/四六判/並製/2014年)を読了。10月19日。

 

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旅行にはいつも本を何冊か持って行く。読んでも読まなくても、本がないと安心できない。国内でも国外でも同じ。新幹線に乗る前には、東京駅の本屋さんで何か買ってしまう。旅行では読み終えることはめずらしい。この本には熱中。勇気づけられる言葉がいっぱいある。「張り込み日記」「エロ写植」と、小沢昭一さんと本橋成一さんの写真集の書評のためだけだったのに全部読んだ。都築さんの本は『ヒップホップの詩人たち』以来。『独居老人スタイル』は、川崎ゆきおさんがでてくるので読みたいのだが、なんだか遠慮している。ジャケットのせいかな。都築さん、すみません。

 

『ROADSIDE BOOKS 書評2006-2014』は、目次が面白い。誰のアイデアだろう。都築さんかな。目次をカラーにして、紹介している本の書影がすべてある。ノンブルをもうすこしわかりやすくしてくれるとありがたかった。ジャケットはうってかわって地味。都築さんお気に入りの浜松の「BOOK AND PRINTS」の紙袋の手描きの絵。このまるっこい梟は著者のつもりかな。

 

都築響一さんが書評のメールマガジンをやっているなんて知らなかった。そのことをイラストレーターの伊野孝行君に話したら、なんと彼は購読していたことがある。でも、ボリュームがあるので、毎週読み切れなくなってやめた。私も購読したくて、ときどきのぞいているんだけど、伊野君の話にびびってまだ申し込んでいない。この本の大部分はそのメルマガの原稿からだ。

 

〈毎週毎週、容赦なくやってくるメルマガの締め切りのために、どこに行くにもノートパソコンを背負って、Wi-Fiでネットにつないで、寸暇も惜しんで書きまくる日々がもう二年半も続いていて、それはたしかに大変ではあるけれど、苦しくはない。苦労ではあるけれど、ストレスではない。書きたいことを書きたいだけ書けて、それを道端の産直野菜コーナーみたいに直接、読者に買ってもらって、そのお金でまた取材に出かける。深夜まで飲みながら編集者のご機嫌とったり、おしゃれなデザインにむりやり文章や図版を削ったりしてるより、はるかに健全に思えてくる。〉(「まえがき」より)

 

のっけからかっこいい。

 

〈本作りにいちばん必要なのは、潤沢な予算でもなければ、優れた印刷所でも、強力な取次でも、書店ですらない。「これだけはどうしても読ませたい!」というモチベーション。意志のチカラ。それだけだ。〉

 

〈いい本には君を「感心させる本」と「いてもたってもいられなくさせる本」の二種類があると思う。〉

 

〈いま、日本で出版される本や雑誌を作っているのは、編集者ではなく営業だ。もちろん実際の編集作業をするのは編集者だが(ただし大出版社になるほど社員編集者は外注の仕切り役にすぎなくなる)、本の企画、雑誌の内容を決定するのに、営業部と広告代理店の意向が決定的な役割を果たすようになってから、すでに久しい。
「いっしょにおもしろい本、作りましょうよ!」とか初対面の編集者におだてられ、楽しく飲んだりしながらいろんな企画をだす。「おもしろいですねー」と言われて数ヶ月、忘れたころに返ってくる返事が「会議で営業が乗ってこなくて……」。ふつう会社と会社のあいだでは、担当者が相手企業に仕事を持ちかけておいて、そのあとで「実は社内会議が通らなくて……」なんてのは御法度だろうが、その非常識が常識としてまかり通ってしまうのが、出版という不思議な社会である。〉

 

20年ほどまえ、知り合いになった製造業大手のインダストリアル・デザイナーが日本の家電のデザインがよくならない理由を教えてくれた。それは営業マンと秋葉原の電気店が相談してデザインを決めるからだって。いまでもそうかな。

 

〈シロウトがなかなか到達することの出来ない場所やモノや、その他もろもろ、つまり「こんなの知らなかった」を教えたり、営業や市場調査からニーズを読みとって「こういうのがほしかったんでしょ」を形にするのがプロフェッショナルの仕事なのだとすれば「あるべきなのに、なぜかいままでなかった」ものを形にするのが、アマチュアの仕事なのかもしれない。
あるべきものがないーー作るのに時間がかかりすぎたり、大した売り上げが見込めなかったりして、商品として成り立たないという計算なのか、あるいは単純に興味も使命感もないのか、そこにはいつもそれなりの、オトナの論理が介在する。その壁を崩せるのは、計算を超えたアマチュアの情熱でしかない。〉

 

それがアマチュアか。それなら、本を作るにはアマチュア精神を失ってはいけない。この本で紹介されているのは、そういう気持ちのあふれたものばかりだ。

 

〈雑誌編集者たちと飲んでいても、聞くのはグチばかり。はなはだ非生産的なので、なるべく同業者とは飲まないことにしているが、「飲んでるときは批判や悪口で盛り上がるのに、つくる誌面のほうは批判ゼロのヨイショ・ページばかりの三大雑誌ジャンルが建築・ファッション・音楽だ。〉

 

イラストレーションやデザインの専門誌も同じだ。読むに耐えないものばかりになって久しい。あてになるのは「アイデア」誌だけかもしれない。

 

〈音楽雑誌の衰退にはいくつかの原因が考えられるが、出版社の広告依存体質と並んで、僕が実感するのが「書き手のレベルダウン」だ。評論ではなく、ブログのような感想文であるか、マニアの知識自慢にすぎない文章が、どれほど多いことか。「詳しいこと」はもちろん必要だが、詳しいだけじゃダメだということが、多くの音楽ライターにはまったくわかっていない。詳しいなんてことは、あたりまえの条件であって、その先にどういう世界観を提示してくれるかが、アマとプロの書き手の差でもある。〉

 

〈それがカメラだろうが、ギターだろうが、鉛筆と紙であろうが同じことだ。優れた表現者と、凡庸な表現者を分け隔てるもの、それは情熱と持続力でしかない。起きてる時も寝てるときも、つねにカメラやギターやペンを離さないこと。そうして「アドバイス」だの「批評」だのという雑音に耳を貸さず、なるべく遠くまで、なるべく長く走り続けること。それしかない。教養とか技術とか才能とか、そういうものもはぜんぶ、走ったあとからついてくるものにすぎないのだから。〉

 

普通の書評ではあまりお目にかからない本の紹介がいっぱい。本をつくるとはどういうことなのか、それについて鋭い言葉がちりばめれている。

 

都築さんには個人的に恩義を感じていることがある。以前に、一度だけ「芸術新潮」の編集者と一緒に仕事場にうかがった時のこと。私が「芸術新潮」の99年の11月号のプラハ以来、海外取材にはなるべく自費で参加するようにしていることを話したら、海外取材にはデザイナーを連れて行くべきですと言ってくれた。嬉しかった。
海外取材に自腹ででもついて行くようにしたのは、建築家の中村好文さんにすすめられたからだ。今では無理して行ってよかったと思っている。しかし、編集部としてはたとえ自腹でも、メンバーが一人増えただけでも仕事が増えて大変だ。それでも、行きたいといえば連れて行ってくれた。ときには、ホテル代を持ってくれたりしたこともあるし、現地での飲み食いは負担してくれる。普通の旅行では行けないところを見ることができる。2012年のイスタンブールの特集のときは、担当者がトルコ政府観光局にかけあってくれて全部出してもらえた。

 

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ベルリンで見た漢字。
10月16日。お昼。中華麺専門店CHOP CHOP。

 

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10月18日。ホテルの近所の路地裏の寿司屋、江戸。こわくてはいらなかった。こんな招き猫が目をチカチカ光らせている。小判の文字は〈百万両〉のつもり?

 

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十貫坂教会 その3 2月1日(日)
「なぜ迎えてやれないか」。前回の「待たれていた帰り」と対なのか。迎えられない理由とは何なのか。招かれざる客なのか。許せない相手なのか。

 

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今日の一曲はこれ。
Stories We Could Tell/John Sebastian